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  1. 足あと帳(4)
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何処へ行くかは風まかせ

 投稿者:ツー  投稿日:2019年 4月21日(日)17時25分5秒 kcc-223-165-46-131.kamakuranet.ne.jp
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  今日は昨年の6月車検以来の今年、鉄?初乗り(笑)9時40分に家を出てアクセルを戻すとストールする相棒をなだめながら朝比奈峠までくると相棒も何時もの相棒に(^^)/相変わらず渋滞のアクアラインを我慢の連続で焦らず冷静にすり抜けて(排気ガスでお腹いっぱいに)富津岬であさり飯をと・・・・・・なんと行列で1時間待ちガクンでやんす(T_T)諦めて富津岬の先端に行こうとしたら鉄柵で通行止め?そんな訳で金谷港で海鮮丼と土産を買ってフェリーで帰ることに。でもね、金谷港のお店も長い長い行列がここでもガッカリ。13時10分のフェリーまで20分、急いでお目当てのみりん干しとあさりの佃煮をゲット(^^)/その後のフェリーは14時20分。やはり高齢者なので明るいうちに帰りたいからね(笑)そんな訳でフェリーの売店でかんぴょう巻きとおいなりさん420円で我慢!何のために千葉まで行ったのかあほらしい?ま~久しぶりでも昔みたいに相棒とスムーズに走れた事はまだやれるね(^_-)-☆ガソリンを入れて15時に帰還。
 
 

驚いた

 投稿者:ツー  投稿日:2019年 4月19日(金)21時27分17秒 kcc-223-165-46-131.kamakuranet.ne.jp
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  今日は軽自動車のオイル交換を思いつつ(昨年の3月以来)真っ黒なオイルが?そのついでに色々危険な所が(T_T)大きな出費がガソリンスタンドに寄って良かったのか?大きな事故になる前で良かったと店員さんは言ってましたが?金額が妥当か判りません。
 

挑戦20000キロ

 投稿者:ツー  投稿日:2019年 1月24日(木)21時15分16秒 kcc-223-165-46-131.kamakuranet.ne.jp
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  通勤で往復5200歩位歩いています。暇を見つけては更に歩きます。先日はスーパーまで往復80分で10000歩。15年位歩いていますよ(^^)/
さて、昨日、鎌倉を10時に出て江ノ電の江の島駅近くの龍口寺まで往復16.8キロ(23206歩)4時間10分で歩きました。お昼は吉野家で牛丼アタマとシジミ汁(JAF券で50円引き)590円。龍口寺は鎌倉時代処刑場で日蓮大聖人が処刑される時に天から目が眩むような凄い光がさしこんで、驚いて処刑が中止になった場所です!
二輪で鎌倉から大宰府まで1160キロ(15時間30分)走破した時と同じで長距離を走ると
滑らかになるのと同じで人間も軽やかになるようです(笑)
 

歩く

 投稿者:ツー  投稿日:2019年 1月 5日(土)17時33分48秒 kcc-223-165-46-131.kamakuranet.ne.jp
返信・引用 編集済
  0
今日は16849歩を3時間かけて走破(^^)/自宅を9時30分に出て建長寺で新年の挨拶をしてから急階段を上り半僧坊に着く。平地はかなりの速度で歩くが階段は堪える!半僧坊からの眺めは(・∀・)イイネ!!ここで小休止。100円の紙コップココアは甘味もあり疲れた身体には効き目があるね更に不揃いの階段を上り、雲に霞んだ富士山を見て手を合わす(古い人間だね)足元が悪い上りを進み頂上の天園に着く。ここは中学生の頃二輪で走り回った場所ですり鉢山の急斜面を上がり下りして楽しんだ所で、その面影なくゴルフ場の拡大ですり鉢山は消えてしまったようだ(T_T)ここからは下りの足元の悪い凸凹の道を細心の注意をしながら歩くと瑞泉寺に出る。は~~~あとは平坦の道をペースをあげながら12時30分帰宅。今まで源氏山とか絹張山などを走破したが今回は一番キツカッタよ(笑)
今日の飲み物→紙コップココアとオロナミンドリンク
 

新春

 投稿者:ツー  投稿日:2019年 1月 1日(火)11時15分39秒 kcc-223-165-46-131.kamakuranet.ne.jp
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  本年も宜しくお願い致します。  

咲きました(^^♪

 投稿者:ツー  投稿日:2018年12月 2日(日)17時36分43秒 kcc-223-165-46-131.kamakuranet.ne.jp
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  四月に二年振りに咲いたシャコバサボテンが咲きました→バンザ~~い(^^)/日当たりの良い窓際に置いたのが良かったのかな?
 

連載2004年

 投稿者:ツー  投稿日:2018年 8月 5日(日)19時55分12秒 kcc-122-255-227-72.kamakuranet.ne.jp
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  5月5日 6時に朝風呂に行くと朝早いのに子供が湯船で大騒ぎをしていた、元気を貰いたいもんだ。800円のバイキング昼食を食べにレストランに行く。おそらく三倍は食べたと思う程の品数を食べてしまった(笑)又も貧乏人根性が出てしまう。レストランを出ると茨城の牛久市から来たライダーと東京日野市のライダーがレストランに入ったのを見ていたので待っていたそうだ。又、長い長い話になる。そこに茅ヶ崎の寒川から来たライダーも加わる。昨日は夜中に歩いていましたねと訊ねると徘徊していたとのこと、面白いギャグだが近い将来我々もそうなる可能性があるので余り笑えなかった。この方は19??年生まれのライダーだ。旅が終わってから再び会うことのなるとはこの時点では思わなかった。自民党の元幹事長に似ているライダーが船長の話があるので聞きに行こうと誘われる。川崎から九州までの船長さんで話がためになって面白かったそうで、帰りも同じ船長さんで良かったと言って喜んでいた。全員で話を聞きに行くことにする。歳の頃50歳半ば位の紳士で話の内容は半分は自慢話で残り半分は聞いて損はなかった。操縦自慢で始まりスピードで負けた事はないそうだ。船のシューマッハと呼ばれているそうだ。海上に出てしまえばスピードを上げようが捕まる事はないそうだ。川崎港に下船するときフェリーの出口に船長さんが直立不動で下船するライダーやドライバーに頭を下げ続ける姿を見て頭が下がる思いをした。今までフェリーに数えきれない程乗船したがこういう姿を見たのは初めてだった。感動してしまった!言う事は言う、やる事はやる、素晴らしい船長だ。多くのライダーやドライバーが職場や色々な所で船長の話をすることだろう。そのことでマリンエッキスプレスの会社も潤う事だろう。船長さんの話をメモしている方が多数いたことを付け加えておきます。それと、船長はタイタニックの映画の内容についてプロの目で見て不自然な所が多数あることを詳しく説明するが映画にするにはある程度は歴史と違っても見ている人の共感が得られれば良いのではないかと思う。13時からシアターでデカプリオ主演の映画が始まるので是非見るようにとのこと。昼食を急いで食べてからシアターに行く。BMWのオーナーと一緒に見る。船長の話を聞いた後なので映画の見方が大分違ってしまった。時間も15時を回り伊豆半島を掠めてやがて浦賀水道に入る。フェリーで東京湾に入るのが初めてなので嬉しくなる。観音崎を眺めながら猿島を通過。直ぐそばを大型タンカーが波を被りながら擦れ違う。遠い外国に行くのかな~八景島が見えてきた、私が子供の頃、日吉刈りに良く行ったところだ。その家族5人も今は私一人になってしまった。50年前の話だ。横浜のベーブリジが見えた、いよいよ旅も終わりに近づいた。沢山のお仲間とも又お会いすることはないだろう。雨が今にも降りだしそうな川崎港に19時15分接岸する。下船して降り出しそうな空を眺めながら自宅に急ぐ。外気温は14度、寒い事。寒風の中を浮島ICから首都高に入る。北海道の場合いはどんなに近くってもフェリーは大洗までなので時間がかかるが今日は楽だ。カッパを着ない選択をしたが凶にでるか吉に出るか心配しながら走り大黒PAを停まらずに横横道路に入る。あっと言う間に朝比奈料金所に滑り込む。鎌倉霊園の前で太陽の国、九州から無事帰ってきましたと母、兄、父に報告しながら通過する。18時15分、我が家に着く。川崎から41キロ。何時ものように愛車ローライダー(FXLR87年)に有難うと言う。2093キロでした。
後書き 旅を終えてまず一言。自走で行くには遠いな~と思いました。関門海峡を渡った時、身体が震えるほど感動したことを今もはっきりと覚えています。自分の場合いは何処かを見るかではなく、ただその土地の上を走ると言う事がものすごく大事な事だと思っています。
追伸 遠い九州から帰ってきて来年も九州に行くと言う言葉は出てこないが時過ぎれば又身体がうずうずしてくるだろう。阿蘇山、高千穂、山並みハイウエー、霧島などに来年行ってみたいと言う気持ちはある。






 

連載2004年

 投稿者:ツー  投稿日:2018年 8月 4日(土)19時57分44秒 kcc-122-255-227-72.kamakuranet.ne.jp
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  5月4日 雨の音で目が覚める。窓の外は大粒の雨が降り続いている。朝から気分が優れない。何時ものように朝も風呂に入る。レストランに朝食を食べに行き、一番安価な卵焼き定食を注文する。無論、ライスはおかわりする。部屋に戻り天気予報を見ると今日も雨の予報でガッカリする。10時のチェックアウトぎりぎりにホテルをでる。雨の中フェリー乗り場に向かう。今日は大雨で雷が落ちるらしいので時間が勿体ないが安全策をとることのする。晴れれば高千穂の方に行くつもりだったが残念。風も強くなりフェリーの揺れが心配だ、酔い薬を買うか思案中。10時15分フェリー乗り場に着く。ターミナルで乗船手続きを済ませようとしたが時間が早いので窓口が開いていなかった。売店で時間を潰しても20時20分発のフェリーの時間まで10時間近くあるので困ったもんだ。長椅子に座っているうちに腰まで痛くなってきた。雨も止み空がどんどん明るくなってきた。天気予報が良いほうに外れたようだ、ラッキー。まだ雨が降るかもしれないのでカッパを着て出かけることにする。青島を通て日南海岸まで足を延ばすことにする。11時30分フェリー乗り場を後にする。一ツ葉道路を田吉で下りて宮崎南バイバスに入る。片側二車線の中央分離帯にワシントニアパームの木が何処までも続く。南国ムードが漂う素晴らしい道路だ。宮崎は歴史的重みは感じないが九州の中でもひと際輝いている。ワシントンパームと言う木は初めて聞く名前だ。フェリー乗り場で働く女性に恥ずかしながら聞いてみると舌が回らず何回も聞きなおしてしまう、しまいに可笑しくなって笑だしてしまった。名前を聞いて知らなくっても当然だと思った。青島バイバスを通らずに220号線に曲がる。青島の町に入り読売ジャイアンツの歓迎の大弾幕がホテルの壁に貼られていて町全体がジャイアンツ一色になっている。青島を過ぎて海が見えなくなりだんだん山の中へ入って行く。走り辛いと思ったら峠から一面の海がいきなり目の前に迫ってくる。その海が輝やいて美しかった!左側の海の淵に一軒の讃岐うどん店が見えた、12時30分に昼食にする。九州まで来て、とろろ蕎麦を食べる。直ぐ裏が海岸で、一面鬼の洗濯板。テレビで見た事があるが見事の一言に尽きる。少し休憩してから青い海を眺めながら日南フェニックスロードを快走するFXLR87年とただの親父。いるか岬を通り日南市に入る。イルカの泳ぐのが見えるらしい。日南の駅前でUターンして今来た道に引き返す。アップダウンの岸壁の上をスムーズに走るローライダー(FXLR)雨も止み雲の切れ間から青い空。海も青く輝いている。オートバイのレイダーが赤く点滅、速度を一気に60キロまで減速。やはりスピードの取り締まり中だった。後でツーリングマップルを見ると書いてあった。道路の左側で警備員の方が車を誘導している。小高い丘の上にサボテンハーブ園が見える、約130万本のサボテンが初夏の花咲く頃がもっと美しいそうだ。サボテンアイスにサボテンワイン、サボテンステーキなどサボテン尽くしの所だそうだ。日南フェニックスロードを戻るこの道路は日本有数のシーサイドラインで九州ツーリングのハイライトだと地元の人が言っていた。何処までも続く鬼の洗濯板、なんとも言いようがない素晴らしい景色だ。帰りも青島バイバスを通らずに220号線で子供の国の前を通り県総合公園の前を通過。最初に通った時には気が付かなかったが帰りはジャイアンツのキャンプ地、宮崎球場が見えた。公式戦も出来る球場なので周りの雰囲気、設備など立派なもんだ。宮崎南バイバスに戻り相変わらず道路の中央にそびえ立つワシントニアパームの木のスラリと伸びた美しさは格別だ。南の島に来た気分だ。宮崎市に戻り町の雰囲気が新しく新鮮な気がする。九州の他の都市を周ってきたが何故か宮崎市は太陽の光が似合う町だ。少し褒めすぎかもしれない(笑)宮崎空港に飛行機が下りて行くところが見えた。空を飛んで九州に来る人もいれば私みたいにオートバイで来る人もいる。だから世の中は面白いのかもしれない。16時10分フェリー乗り場に着く、122キロ。受付に行くと午前中にお会いした65歳位のグループの人達と又会う。日南海岸まで足を延ばした事を説明すると良い所を走ってきましたねと言われる。オートバイの所に戻ると30歳半ばの人から話かけられる。この方は茨城県牛久市から225CCの二輪が故障したため50CCのスクーターで九州を周って来たそうだ。たいした根性の持ち主だ。二人で話をしていると、累は友を呼ぶと言う諺があるが周りに沢山の人が集まってくる、不思議だ。映画俳優を思わせるような男前の方が話に加わる。この人は東京の練馬から来たそうだ。四国を周り大分までフェリーで来て、鹿児島からフェリーで屋久島に渡り、往復8時間かけて屋久島で確認されている最大の杉、縄文杉を見てきたそうだ。自民党の古賀元幹事長に似ている40歳半ばの方も話に加わる。教育者を思わせる方も話に加わり、この人はBMWの1987年の二輪で南の大地を旅してきたそうだ。九州の鹿児島の出身で兄弟がいるそうだ。現在は茅ヶ崎市の寒川に住んでいるそうだ。東京日野市から来たライダーも話に加わる。この方も鹿児島の近くが実家でオートバイで里帰りしたそうだ。久しぶりの九州の大雨に遭ったと言っていた。本州では考えられない雨だそうだ。トラックの運転手も話に加わり、10人も集まってしまった。だんだん暗くなってきて時間も18時を回り腹が減ってきた。フェリーの中で食べるには20時を過ぎてしまうしフェリーターミナルの食堂は閉鎖中。人件費が大変なのかそれともお客が入らないのか?雨は降ったり止んだり、カッパも畳んでしまったし、夕飯は食べないわけにもいかず困ったな~と思ったら近くにいたライダーが交差点の近くにカレー専門店があると言われ、カレーの店屋があった事を思い出す。数分で店に着く。雨が止んでいるうちに急いで注文する。カウンターにBMWのトーレル車に乗っているライダーがカツカレーの大盛りを食べている。その大きさには驚いてしまう、30センチ以上ありそうなお皿に御飯が大盛りでカツもビッグで見ただけで食べられそうもないのでライスを少なくしてもらい急いで流し込む。フェリー乗り場に戻ると直ぐに腹が空いてきた(笑)やっぱり大盛りを注文しとけば良かった。大盛りで680円でしかもご飯は好きなだけよそえるようだ。周りのライダーからもう腹が減ったのかと冷やかされる。又、皆で雑談が始まる。皆、気楽に話をしているが会社に戻れば厳しい顏で仕事をしているのだと思う。時計の針も進んでやっとオートバイから先に乗り入れが始まる。後部から乗り入れて奥でUターンして坂を上がり一列に並べる。急いで荷物をまとめて寝台Cに行く。荷物を置き直ぐに風呂に直行。一番かと思ったが既に5人の人が入っていた。湯船にたっぷり浸かっている人もいるし早々と風呂を出る人もいる、なんでも上には上と言うよりも素早い人がいるもんだ。雑談していた仲間の人達はすでに風呂から上がっていた。休憩室で雑談仲間に会い又話が弾む。時間も23時を回り眼を開くのが辛くなり解散する。寝台に戻り横になると頭の中を色々な事が駆け巡る。北海道と違って本州と九州が橋とトンネルで繋がっているのでフェリーが港を出ても寂しい気持ちにならないがもう少し旅をしたい気分だ、お休み。夜中にトイレに行くと茅ヶ崎の寒川から来た方が通路を歩き回っていた。
 

連載2004年

 投稿者:ツー  投稿日:2018年 8月 1日(水)19時45分31秒 kcc-122-255-227-72.kamakuranet.ne.jp
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  5月3日 遅く寝たのに早朝に目が覚める。朝風呂に行き風呂に浸かる。朝の風呂は何処で入っても身体がすっきりする。朝食に行くと仲居さんが昨日はすみませんでしたと丁寧な挨拶をされるが腹の虫が治まらなかった。部屋のトイレの流れが悪く、便器の上のほうまで水がいっぱいになり少しずつ減っていく、トイレットペイパー詰まっているみたいだ。酷い部屋に泊めたんだから教える必要がないだろう。支払いの時も真面目にお金を払う気にはなれなかった。ホテルを出て歩いて昨日休みだった徳永屋にさつまあげを買いに行くと送り先の鎌倉が何処にあるか分からない店員さんがいた、歳の頃60歳半ばを過ぎた女の人。北は北海道、南は九州の鹿児島にも鎌倉の場所が分からない人がいるとは驚いた!小学校の歴史で習わなかったのか?帰りのフェリー代金がない事を何故か思い出す。急いで郵便局に行きお金を引き出す。オートバイの所に戻りカッパを着て5月3日の旅が始まる、10時だった。鹿児島市内をぐるり周ってから宮崎に向かう。高速に乗らずに一般道の10号線で宮崎を目指すがどこまで走っても渋滞が酷く、途中で鹿児島吉田線16号に曲がる。この道路も所々渋滞があるが10号線で行くよりましだ。7~8キロ走り、九州自動車道薩摩吉田ICから高速に入る。昨日寄った桜島SAに11時40分に着く。ハレーが首を振って停まっていた。若い時からハレーに乗れるとは羨ましい、25歳位。近くにいた学生風のホンダのライダーは今日、日向からフェリーで川崎まで帰るそうだ。ここで昼飯にしようとレストランに行ったが満員のため食べずに出発、これがいけなかった。えびのJCTを右に曲がり宮崎自動車道に入る。雨が降ったり止んだり、時折雨が激しく降り更に寒さが加わり、車もほとんど走っていない。ローライダー(FXLR)と私だけが雨の中をひた走り続ける。腹が減ってきて困ったがSAが何処まで走ってもない、ない、気持ちまで落ち込むようだ。朝の天気予報では大雨になると言っていたので一刻も早く宮崎に向かう事になってしまった、残念。オートバイで旅をしていて雨の中を走行している時、何故自分はこんな時に走るのか分からなくなってしまう。後で考えるといい思い出だが今はそう思えない。やっと霧島SAに着く、13時30分だった。レストランでトン汁定食(630円)を注文する。このトン汁こそ2000年に北海道で食べたトン汁と甲乙が付けがたい程、超美味しかった!私の隣で食事をしていた若い男の子もオートバイが好きで,今日は家族サービスで皆で観光に来ているそうだ。まだ21歳なのに懐かしいメグロスタミナ500に乗っているそうだ。お父さんが若い頃から二輪が好きでそれを見ていてオートバイが好きになったそうだ。自分も子供の頃、叔父さんがオートバイ好きで、15歳上の叔父さんが陸王に乗り横須賀線と競争したと自慢していた。その後、私より7歳上の叔父さんがトライアンフボンネビルTR7(当時ブルーバードが50万でトラが55万でハレーは90万)を飛ばして鎌倉に来た。よく後ろに乗せてもらった事を思いだす。この若い子供のお父さんも私の知らない幻のメグロを探しているそうだ。人間て不思議なもんで落ち込んでいた気持ちがお腹一杯になると元気が出てくる。オートバイの所に戻るとスズキ刀のオートバイが2台停まっている。目と目が合っても知らん顔をしている、若いライダーなのに親父ライダーに挨拶もできないとは!松下幸之助さんが挨拶ができない人間はどんなに優秀でも駄目だと言っていた。ライダーの中にもそういう人がいるとは寂しい限りだ。SAで今日泊まるホテルの資料を貰い、目ぼしい所にTELする。ロイネットホテルがOKとのこと。温泉ではないがま~いいか。青島に泊まりたかたが連休だと予約なしでは無理だそうだ。14時20分、霧島SAを後にする。30分位で宮崎ICを下りる。市内に入り、南国ムードが漂う。なんとなく垢抜けた感じがする町だ。道路の分離帯に南国のシンボルと言うか30メートルもありそうな樹が並んで植えてある。素晴らしい雰囲気だ。駅前を抜け右に曲がり高架の線路の下をくぐり抜けてロイネットホテルに着く。15時20分、鹿児島から180キロだった。フロントで手続きを済ませて部屋に入る。場違いの場所に泊まったようだ。窓から外を見ると雨が激しく降り続いている。このホテルは全国各地にあって、横浜にもあるそうだ。まだ建てたばかりで部屋の中も高級感にあふれている。夕食は一階のレストランでハンバーク定食を食べる。ライスのおかわりはただなので貧乏人根性が出て二回ももおかわりしてしまう。情けない。ルームバスでゆっくりと寛ぐことにする。温泉に入りたかった。テレビを眺めているうちに眠くなる、お休み。
 

連載2004年

 投稿者:ツー  投稿日:2018年 7月29日(日)17時48分57秒 kcc-122-255-227-72.kamakuranet.ne.jp
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  5月2日 5時に目が覚める。窓から外を眺めると雨は止んでいるが、曇り空で今にも雨が落ちてきそうだ、日の出も見られず残念。朝風呂に行き売店でカステラを買う。朝はバイキングなので又余計に食べてしまう。急いで仕度をしてホテルを後にする。左に曲がりフェリー乗り場に向かう。右に曲がればすぐ近くにガソリンスタンドがあったが、戻るのが嫌なので先を急ぐ。少なくなったガソリンを心配しながら走り続ける事30分、今だスタンドは見つからず、戻っても先程のスタンドで給油しとけば良かった。ガス欠になるな~と思った時、右側にガソリンスタンド発見、先客がいて待たされる、何でそんなに時間がかかるのか!フェリーの時間が気になる、イライラが貯まる(お金が貯まるならOKなのに)やっとガソリンを入れ8時45分発のフェリーに急ぐ。路面が濡れているのでカーブは慎重に走る。かなりの距離を走りフェリー出発5分前に着くがオートバイのスペースが空いているのに満車とのこと。臨時便が9時に出るのでチケットを早く買うようにと言われ、売り場に急ぐ。狭いロビーで待つことになる。外は雨が降ったり止んだりしている。9時出発のフェリーが港に入ってくる。フェリーと言っても東京湾フェリーの半分もないような船で心配になる。二輪は私のローライダー一台だけ、何故か寂しくなる。連休といえどもオートバイで旅をする人は少ないようだ。港を出て直ぐに天草諸島が見える、僅か30分で口之津港から鬼池港に着く。九州に行く目的の一つでもある龍冠さんの自宅を訪ねるため本渡市に向かう。10キロ位走り本渡市に着く。町としては立派で大きなホームセンターやオートバックス、大型スーパーなどの建物が並び道路は四車線!私の住んでる所と違うのは人が少ない事。馬場町に入り、酒店で龍冠さんの家を訪ねると、あ~婿さんの家だねと言い、話だとまだ3キロ位先とのこと。そんな遠くでも直ぐに判る。名字が珍しいのか土地柄なのか?龍冠さんの奥さんがこの近くの老人保健施設に勤めているそうだ。お礼を言い走り出す。基盤の目のように分譲された場所に住宅が並ぶ所を探して、遂に龍冠さんのマイホームに着く、10時だった。ドアーホンを鳴らしても応答なし、写真だけでも写そうかと思っても留守なので困ったな~と思っていたら、隣で畑をしていたお爺さんにお願いして撮ってもらうことにする。カメラで写そうとした時、娘さんが車で戻って来た。おじいさんが気持ちが通じたのかなと言いながら帰って行った。お父さんの知り合いの者で鎌倉から来た事を説明すると、え~と言って目を丸くしていた。可愛いい娘さんでこの子が本当に龍冠さんの子供とは驚いた!車の中には赤ん坊が乗っている。生まれた赤ちゃんを龍冠さんはまだ見ていないそうだ。娘さんに頼まれて私が赤ちゃんを抱いて娘さんが写真を撮ることになる。落とさないか泣いてしまうのかと心配になる。この子は人見知りしないから大丈夫だと言われてしまう。石みたいに重くガッチリした赤ちゃんだ。龍冠さんには5人の孫がいる中で一番お祖父さんに似ているそうで、よく見ると、なるほどと思う。写真ができたらお父さんに見せてねと頼まれる。雨がポツポツときたので急ぎ熊本に向かうことにする。途中でカッパを着て、これで雨が強くなっても安心だ。本渡市から直ぐに瀬戸大橋に出る、両側がループ橋になっている、全国でも珍しい所だ。左に海を眺めながらロザリオラインを走り有明海に入る。海の直売所が両側に並び、海の幸が味あえる店が続き良い匂い漂う、サザエでも焼いているのかな?。324号線を途中から松島道路に入り、天草五橋の松島橋ー中野橋ー大矢野橋を渡って行く天草パールラインはとても美しく海に小島がポッカリと浮かぶ姿は仙台の松島と並ぶ素晴らしい所で海はコバルトブルーに輝き何処までも澄んでいる。もし天気が晴天だったらどんなに綺麗だろうと思う。右側に天草四郎公園の天草四郎メモリアルホールが見える、寄ってみたいが今日は鹿児島まで行きたいのでそのまま通過する。しばらく走っていると左側に天草四郎の銅像が見える、音楽が鳴り響き活気がある場所に出る、ここで小休止することのする。お店屋さんが並び歴史を見せる所でなく、観光を目的とした何処にでもある利益追求を求める施設だ。写真を写し、直ぐに走り出す。最後の橋、天門橋を渡り天草街道57号線に入る。美しい干潟を眺めながら走り、刺身料理の店が目立つ、何時もの癖でもう少し先で昼にしようと思いながら、遂に店屋がなくなってしまった。腹が減って困ったな~と思ったら、左側にうさぎ食堂の看板が見えた、海の際に建つ店で昼食にする。メニューを見ると刺身料理などなく、あるのは肉定食又は長崎ちゃんぽん。もう少し手前で刺身定食を食べていれば良かったが今更後悔しても後の祭り。九州まで来て長崎ちゃんぽんを食べないとはと思い注文する。スープの白いのが気になり、今まで食べたことがなかった。大きな窓から外を眺めると干潟の海岸に車が沢山停めていて大勢の人で賑わっている。水が引き、遥か彼方まで陸地が続いている。私が中年の店員さんに鎌倉から来た事を説明すると、私も一か月前まで東京に住んでいて、よく鎌倉に出かけたとのこと、懐かしがっていた。見知らぬ土地に来て住みつく、私など生まれ育った土地を離れずに生活している、大したもんだ。見てビックリ、大きな丼ぶりに溢れんばかりのソバ、食べて又ビックリ!旨い旨いこと、野菜がたっぷりで海の幸も鱈腹入っている。私の住んでいる所の倍はあると思う。これは食べきれないと思ったが汁まで飲んでしまった(笑)北海道の富良野から旭川に抜ける途中で食べた豚汁定食を思いだす。どちらもけして忘れることはないだろう。外で写真を写してもらう。しばらく休憩してから熊本に向かう。680円のチャンポンでした、安い!松橋町に入り、ハーレー軍団に出会う。全員が同じスタイルでシーシーバーにキャンプ道具を積み、黒い革ジャンパーと黒い皮ズボン、全てが黒、信号待ちで停まると前のワゴン車から若い女の人が下りてきて急いでカメラのシャッターを押す。ライダーもよほど嬉しかったのか全員で手を上げるパホーマンスを見せる。我々ライダーは車と違い常に見られているのでファッションが大事だと思う。熊本に行くつもりだったが時間的に無理なようなので、松橋ICより九州自動車道に入る。高速に入ってから晴れてみたり曇ったり雨がザーと降ったり忙しい天気になってきた。宮原SAでガソリンを給油して本線に戻る。それにしても快適に走るFXLR87年。後ろからハーレースプリンガー2台が大きな音を出して追い越して行った。宮原SAに停まっていた二台だ、雨が降る中カッパも着ずに140キロ以上でか飛んでいった、事故のないように。山江SAを過ぎた頃、九州道で初めての渋滞。車の脇を擦り抜けていくと四車線から二車線になる所で混んでいた。更にその先がトンネルになるので余計に混んでしまう。加久藤トンネルに入り渋滞の中、擦り抜けもできず排気ガスが充満するトンネルの中,口に手を当てて走る。後で地図で調べたら7キロ位あるトンネルだった。引き返す訳にもいかず、やっとの思いでトンネルを出る。一年分の排気ガスを吸ってしまったようだ。鹿児島自動車道と宮崎自動車道の分岐点、えびのJCTを通過して鹿児島に向かう。途中、鹿児島空港が左側に見えて、飛行機が離陸していった。東九州自動車道の分岐点を過ぎて桜島SAに着く。15時30分だった。サービスエリアの高台から桜島が見える。一度は見たかったかった桜島が直ぐ近くに、鹿児島まで来て良かった。嬉しい気持ちもここまでだった。サービスカンターで宿泊情報を貰いTELするが何処も満室。何回かサービスカンターに行き泊まれそうな所を教えてもらうが何処も満室とのこと。オートバイライダーグループの人達が心配して話しかけてくる。泊まる場所が見つからない事を説明すると直ぐに今日泊まる指宿の近くの温泉宿にTELしてくれたが満室とのこと、ライダーは皆、親切だお礼を言う。グループの方々がお元気でと言いながら旅立って行った。古いBMWR100RSのライダーが私の隣に停める。この人も泊まる宿を決めていないそうだ。私の話を聞き、昨年は何処でも泊まれたそうだ。直ぐに宿泊ホテルにTELするが何処も満員とのこと。今日泊まって明日、日向からフェリーで川崎まで行き自宅の浜松まで帰るそうだ。51件目の中原別荘にTELすると一人部屋のキャンセルがあるとのこと、やれやれ。やっと泊まる場所が決まる、場所を詳しく聞き。サービスカンターに行き泊まる場所が決まったことを報告してお礼を言う。良かったですねと自分の事のように喜んでくれた。BMWのライダーに泊まる所が決まった事を報告する。一人しか泊まれずに済まないと謝ると逆に良かったですねと励まされる。ここでバックに被せてあったカバーが無くなっているのに今、気が付く。鹿児島市内に向かって出発する。桜島SAにいた女性ライダーの速い事、たちまち見えなくなる。そう言えば龍冠さんの自宅に寄って娘さんに静かでいい所ですねと言ったがいざ住むとなると考えてしまう。鎌倉にでてきてる龍冠さんの気持ちが分かるような気がする。そんな事を考えているうちに鹿児島北ICに着く。国道3号線を真っすぐに行く途中、桜島SAにいた女性ライダーと信号で並ぶ、照国神社までの道のりを尋ねると何処までも道なりに行くようにと言われる。3号線がこんなに混むとは驚いた!人通りの多い所に出る。信号機の右を見ると中原別荘のホテルの看板が見えた、急いで右に曲がり中原別荘に着く。17時だった。本日の走行300キロ。ホテルで女性店員さんが重たい私のバックを持ち、仕事ですから大丈夫と言い部屋まで運んでくれた。案内された所は倉庫と同じような扉が、驚いた!周りの部屋はどの部屋の扉もステキでガッカリする。部屋の中に入り又ビックリ!ベッドはパイプベッドで部屋の壁もとてもお世辞でも言えない位お粗末で倉庫か物置のようだ、とても部屋とは思えない!桜島サービスエリアで51件目で宿泊が決まりTELでオートバイなので今日泊まれなかったらどうしようかと思っていたので本当に有難うございますと何回も言ってしまった。やに丁寧だと思ったが、そう言うことか、なんだか腹が立ってきた。昨日に続き夕食は遅かったので出ないそうだ。店員さんが安くって旨い店を紹介してくれた。さつま揚げの旨い店と鹿児島焼酎の店が書いてある地図を貰う。ドアーを叩くノックの音、今度は中居さんが部屋に入ってくる。部屋の説明と大浴場の行き方と朝の食事の事など一通りの話をしてくれたが、なかなか部屋を出ない、チップでも貰いたいのか?倉庫みたいな部屋なのでチップなんかあげられるか!!どうもご苦労さんと言って追い出す。急いで大浴場に行く。大浴場と言っても、かんぽの宿のような大きな風呂ではない。鹿児島の中心に位置するので無理もないが。湯上げバスタオルが部屋にないのでタオルで身体を拭く。周りを見ると皆バスタオルを使っている。部屋がボロならバスタオルもないのか、又腹が立つ。フロントにより説明すると、おかしいですね、置いてあるはずですよ。ないから言っているんだよと声が大きくなってしまった。さすがに、すみませんと言ってバスタオルを差し出してくれた。部屋に戻り、着替えて街に出る。それにしても部屋に金庫もないとは呆れた。まずは西郷さんの銅像を見に行く。途中で携帯が鳴る、元気ですかとかみさんの声。今、鹿児島にいて西郷さんの銅像を見に行く途中だと説明すると直ぐに電話を切ってしまう。相変わらずせっかちだ。歩道を歩いていると渋滞中の車から可愛い子供の声、おじちゃんバイバイと何回も呼んでいる。西郷さんの銅像に行くまでに私と車が何回か並ぶたびにおじちゃんバイバイと話しかけてくる。偉いねと褒めてしまう。おじさんは鎌倉からオートバイで九州まで走ってきたんだよ~と言って、今、九州を旅していると説明すると運転していたお父さんが、え~~~と言って驚いていた。今の世の中なにかと物騒ぎな時代なので見知らぬ人とは話をしてはいけないと教育している時代だ、寂しい限りだ。見知らぬ土地で子供が声をかけてくる、なんだか嬉しくなってきた。こういう子供がいると言うことは日本も捨てたもんじゃないと思う。本当に嬉しかった。西郷さんの銅像は小高い丘の中腹に建っていて、写真を撮っても上手く写らない気がしたが記念なので近くに行った方に記念写真をお願いする。ホテル紹介の佐土原酒店に鹿児島焼酎を買いに行き、お土産にする。鹿児島に来たらさつまあげ、さつまあげと言えば徳永屋。残念だが徳永屋は休みだった。七味小路に行き小料理屋魚市に入る。店の中がハデなネオンで輝き、や~な雰囲気がするがホテルのおすすめなので大丈夫だろう。一番安そうなイカの刺身と味噌汁そしてライス、これなら900円ですみそうだ。注文したが女将さんが少し寂しくないと言い別の物を混ぜましょうと勝手に決めてしまう。中原別荘に泊まり、時間が遅かったので夕飯が出ないので魚市さんを紹介された事を説明する。どちらから来たのですかと言われ、鎌倉からオートバイで旅をして今日、鹿児島に来たと言うと、いいわね~と言い不景気なのに旅行ができるなんて私なんか旅行なんて一生出来ないは。自分は小遣いを貯めて旅をしていることを説明するが、小遣いを貰えるだけいいわねと言われてしまう。それにしてもお粗末な夕食だ!支払いで2257円。ホテルの紹介なのに高すぎる。ホテルに戻りもう一度風呂に入る。部屋に戻りお金をだして泊まるにはあまりにもお粗末だ。早く寝ることにする。ベッドに入り寝ようとしたが隣の部屋で皿を洗う音と人の声、22時を回っても音がする。さすがに腹が立ち隣の部屋を覗くと洗い場で大勢の仲居さんが洗いものをしている。煩くって寝れないだけれどと言ってしまう。すみませんと言いながら23時まで洗いものをしていた。泊まれるところがなかったので泊まれる場所が決まった時は嬉しかったが、いざ泊まってみると腹が立つ。お休み。
 

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