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岡山まちぷら6月20日

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月22日(木)00時40分6秒
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  6月20日は岡山市の歴史として岡山市南の干拓地を見学してきました。岡山は江戸時代より池田家主導で干拓が盛んでしたが、明治に入って大名に代わって、民間の「大阪の藤田組」の資本投下によって更に干拓が進みました。今ではこの広範な地域は岡山市南区藤田という地名が付いています。当初は農業目的で干拓されたこの地域は、今や住宅地域となっているのですが、海抜ゼロメートル地域であり、俯瞰すれば、住みたいとは思えません。水路の水面の方が高く、津波でもくれば水没は確実なのですが、近視眼的にみれば、そんなことは見えないのでしょうね。
水面ををコントロールし、農業用水、物資運搬に貢献した昔からある水門を訪ねてきました。
 こんな風景もだんだん少なくなってしまうのでしょうね。
 それから、今東京では話題となっている市場(築地)ですが、岡山市の中央卸市場も訪問してきました。岡山の市場で唯一築地に勝てるのは「さわら」の取り扱いのみです。
 
 

岡山まちぷら

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月17日(土)22時56分15秒
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  今日は標題の件で岡山県新見市~高梁市を日帰りバス旅。「ワイナリー(試飲含み)」、「蔵屋敷での昼食(精進料理の松花弁当」、「けんびき焼き体験」、「岡山紅茶の製造工程と試飲」などで予定通り帰ってきました。適当に写真を添付しておきます。  

東海道五十三次の旅

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月13日(火)18時55分55秒
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  東海道五十三次の旅も半分を越えましたが、静岡県は横に長くてまだまだ抜けることができません。写真で紹介した「日坂:小夜の中山」は迫力がありませんでした。そこで「広重の浮世絵」で感じてもらうように浮世絵を添付します。絵は極端ですが、実際に私の足腰は「ズタズタ」にされており、何よりも実態を物語っています。  

続き-4

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月12日(月)22時55分16秒
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  ⑬夫婦仲良く下りの石畳を下る。
⑭石畳を下りきり「ヘトヘトの誰かさん」です。
何しろ今回は「大腿筋」を上り下りでフルに使いました。下りでは前側、上りでは後ろ側の「大腿筋」でしたね。
 誰かさんは「大腿骨の骨折」と聞いています。筋肉にしろ、骨にしろお互い気をつけましょう。「気持ちほどには、体は動かなくなっています」。
 

続き-3です

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月12日(月)22時45分7秒
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  日坂の茶畑。標高の高い場所なので、明治になってから入植が奨励され開けましたが、江戸時代は山賊、追い剥ぎの峠だったようです。
⑩は茶畑、⑪は日坂の下りの急坂、⑫小夜の中山に残る石畳の山道・・・丸い石が主体なので歩き難い。ここは汗が滴り落ち苦戦をしました。
 

続きですー2

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月12日(月)22時34分47秒
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  ⑦掛川の夕食は「麦めしのとろろ汁」でした。
⑧日坂の宿では「山岡鉄舟」の書にお目にかかりました。
⑨日坂の急坂(写真は表現出来ていませんね).
 

続きです-1

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月12日(月)22時27分7秒
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   ④の写真は、東海道53次のど真ん中t称する「ど真ん中茶屋」にて。
 ⑤は、かの有名な「平将門」などの19首塚です。
 ⑥は、掛川城
 

東海道53次の旅No.13

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 6月12日(月)22時19分54秒
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   前回は土砂降りの中を「浜松から天竜川を渡り、磐田、見附宿」を走破しました。
 今回は「見附宿から、袋井、掛川⇒小夜の中山峠と日坂宿」へと約35Kmを歩きましたが、梅雨入りの中、心配された雨には合わず・・・とはいえ暑いことは変わりなく、汗を滴らせながら峠の「上り・下り」をこなしました。チームの中では、私は二番目の年寄りです(今回は33名参加)。(一番の年寄りは3歳年上)
 今回の上り下りの試練は昔、「和中へ通う頃、小学校の中舎の山道を越え、和田への下り⇒蹴りは逆に上り下りの坂道で鍛えられたと思っていた・・・これは余部上から通った「堀尾さん、藤井さん、野瀬さん等々」しか知らないかな?・・・しかしながら、とんでもないことで、人間の筋肉や心臓はそんなに長くは覚えていない。長らく休んでいると筋肉も心臓も横着をしているので急に動けといっても、「そうは問屋が卸さない」というの現実です。
 今回も改めて、衰えを感じさせられた「ウオーキング」でした。それでも毎日の「インターバルウオーキング;10,000歩以上」も多少は役に立っているのかな・・・と信じています。

 写真添付します。最初の写真は見附小学校・・・5階建ての洋風建築で明治8年開校。
写真②はその小学校の中で私も生徒になりました。
次は袋井宿の案内図です。

 

続きです

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 5月15日(月)20時06分54秒
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  今日は雨上がり、天竜川を渡る。風強し。金原明善さんの生家と天竜川の写真添付します。  

続き-3

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 5月15日(月)20時02分39秒
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  今日は雨上がり。天竜川を渡る。金原明善生家と天竜川の写真です。  

続き-2

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 5月15日(月)19時58分6秒
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  13日は終日雨と風に祟られた。全身がビッショリで写真を撮る気力もなし。そんな中で2枚を投稿。直虎の宣伝と浜松駅前の45Fのビルの写真です。  

東海道五十三次の旅「第13回」

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 5月15日(月)19時52分39秒
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  5月12,13,14日と二泊三日の歩き旅を続けています。12日は汐見坂~新居宿への6Km。天気は良。
13日は朝から雨。風と共に吹き降りとなる。合羽と傘を両立させも防ぎきれない。背中は濡れる。靴の中は水が浸入して、グツグツと音がなっている。全天候型の靴でも上からの吹き込みのは対応できない。次からは少し対応方法を考えなきゃあと思う。
写真を3枚づつ連続投稿します。12⇒13⇒14日の順番です。新居の宿・・・新居の関所ですよ。
 

散歩道

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 5月 1日(月)23時20分44秒
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   今日も暑かった。久しぶりに後楽園の中へ参入。
写真を添付しました。茶店の藤の花が見頃です。今年は例年に比べ約1週間ほど遅れている。花嫁さんの前撮りも盛んなようです。
 

花粉時期のウオーキング

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 4月28日(金)19時32分48秒
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   花粉時期のウオーキングは辛い。目と鼻をカバーしながらのウオーキングとなる。「花粉症」は歳を取って、ある酵素が不足すると発症するという。私は65歳ころ企業へ審査でいっていて、突然鼻水が止まらなくなって、ティッシュペーパーをひと箱借りて仕事をしたのが始まりでした。4月は杉から檜花粉へと移っているとのことらしい。
 ドンちゃんも花粉症になってしまった?・・・と聞いた。
 ということで、今日のウオーキングスタイル(マスクとカバーサングラスでほとんど顔は見えない)を紹介しました。写真参照。ともあれ新緑が綺麗な時期になりましたね。
 

四水会

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 4月27日(木)21時25分1秒
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   26日木曜日、京都「うお秀」にて四水会がありました。井須さんは大分回復していました。中條さんはかなり病状悪く欠席。入江さんもパーキンソン病で欠席(病院は息子さんが継続)。大井さん、蛭田さんも病欠。
 ということで、出席者は15名(男子5名、女子10名)。
 次回の催しとして、舞鶴にてどのような内容になるかは不明なれど、森本(扇谷)さん等、舞鶴在住の女性主体で会合開催を依頼しました。
 森本さんは「引揚と女性」を主題に編集長として小冊子を発行されたよし。
写真添付しますが・・・全体写真よりも私が未然に撮った写真の方がお気に入りです。・・・私が写っていない方のものです。
でも、年々歳々歳をとっていくな。
 

会社のOB会

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 4月19日(水)00時13分33秒
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  出向していた会社の第14回のOB会。毎回参加できることを感謝しながら楽しんできました。今回は大津のホテルで懇親会、翌日は三井寺⇒琵琶湖でのミシガン乗船というスケジュール。嵐を心配しながらの旅でしたが嵐は夜中に過ぎ去り、問題なしでした。しかしながら、私自身としては東海道五十三次の旅の続きでいささか疲れが残り、帰りの新幹線では眠りこけていたようです。来週は京都で四水会ですね。これも前日にクラレのOBたちとの飲み会があり、連日の飲み会となりそうです。
OB会の写真を少し添付しておきます。
 

東海道五十三次第11回

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 4月18日(火)23時50分35秒
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  14~16日の3日間で東海道五十三次では、「御油から白須賀までと愛知県から静岡県」へと進行しました。15日は各所で天候の乱れがあり、岡山でも雷雨とともに強い雨が降ったようでしたが、我々の工程では一時雨は降れども、強い雨ではなくなんとか計画通り歩き続けました。傘やカッパを着たり脱いだりではありましたが、まずまずでしたね。
 初日は好天で、かの有名な三大稲荷の一つである「豊川稲荷」に参拝。美味しい夕食をいただいて就寝。二日目は先述したように少し雨に会いました。三日目は好天でした。お天気は江戸時代の旅人には重大問題であったと肌で実感した今回の旅でした。
写真は「豊川稲荷」「吉田城」「吉田宿の道標」です。
 

続きの写真です

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 4月 9日(日)18時12分7秒
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  津山地区の写真を追加します。
最初は津山の旧宅で出会った妙齢の女性。次は津山東の町屋にある下駄屋さん、次は津山の古い町並み
 

岡山まちぷら春-1

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 4月 9日(日)18時06分3秒
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   昨日は、バスツアーで岡山県の美作地区である津山市を訪問。・・・「岡山まちぷら」の日帰り旅です。
 津山は藩の医者を中心として洋学を推奨。江戸時代後半から明治にかけて洋学の紹介を勧め、いろいろな洋学者を排出した。勿論、江戸詰めの人がほとんどですが、それにしても岡山県の田舎の一藩が簡単にできることではない。
 津山藩は元々、森蘭丸に繋がる森藩で始まったが、徳川家斉(11代将軍で五十数人の女性に五十数人の子供を残した。・・・そのうちの16男を「家系断絶した森藩」へ送り込んだ。そして明治まで続いたという。
 津山は岡山の地区の北(昔,岡山は備前、美作、備中の三国)でした。
 津山の最近の写真を添付します。①津山城址の桜、②最近出来た備中櫓(木造建築で再現・・・クギは使わない、手斧で削る)③津山城の石垣と桜

 

2月の春

 投稿者:どん  投稿日:2017年 4月 3日(月)12時11分58秒
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  やっと近所の奥さんに教えていただき入りそう。
大阪城の梅と大阪駅の北梅北ガーデンのアイスチュウリップでーす。
 

散歩道のさくら

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 4月 1日(土)22時01分58秒
返信・引用
  表紙の写真が未だ「梅」なので、桜の写真を掲載します。gimさんよろしく。
散歩道のしだれ桜です。
 

広重の絵送付テスト

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月22日(水)23時37分7秒
返信・引用
  広重の五十三次絵をテストします。  

写真追加

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月22日(水)00時16分31秒
返信・引用
  本宿の法蔵寺にある「近藤勇の首塚」:京都でさらし首になったのを誰かが盗んで移したと言われる。
赤坂の宿の写真。
御油の松並木。
 

東海道五十三次の写真

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月22日(水)00時11分24秒
返信・引用
  広重の浮世絵を添付しようとしたら全部が失敗したので、私にの写真のみ添付します。  

東海道五十三次第No.10

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月22日(水)00時04分33秒
返信・引用
  3月18~19日は岡崎から御油の宿へと歩く。距離は一日当たり12Km程度。合計24Kmですが、結構ブラブラ歩きもあったので、それ以上は歩いた。
今回は昼の弁当が変わっていて美味しかった。夕食は「ひつまぶし」で四通りの食べ方にチャレンジした。うなぎは美味しかったがボリュームやや足らず。お土産は豊川の「ちくわ及びわさび、えび、タコ等の入ったせんべい」でした。
写真添付します。
 

どんちゃんへ

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月12日(日)00時03分24秒
返信・引用
  この欄でまず文章を入力しておく。
次にこの画面にある内容の「画像・ファイル」をクリックする。
ファイル1「    」参照
ファイル2「    」参照
ファイル3「    」参照の画面が現れる。
参照をクリックすると、自分の写真の画像(ピクチャ)が開くのでその中から選んだ写真をダブルクリックするとファイル1のところに希望の写真が入る。3枚までは同じ動作で可能。
次に「確認」をクリック⇒認証コード欄が出るのでそこに示された認証コードを入力し
投稿をクリックすると、写真が投稿できる。
写真の容量が大き時は拒絶されることもあるので事前に写真を「1200x600」位のサイズにしておくと3枚は送れる。1枚ならサイズは気にしなくても多分OKです。
 

岡山まちぷら写真続き

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月11日(土)23時43分17秒
返信・引用
  写真続きです。  

w02wnnaa21@hi3.enjoy.ne.jp

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月11日(土)23時40分0秒
返信・引用
  10日の金曜日は「岡山まちぷら」という日帰り旅行の催しで岡山県のやや北にある高梁市(たかはしし):旧備中松山藩」で遊んだ(墓参りでは年5回程度は訪問してる)。
当日は暑くて汗ビッショリ。
備中松山藩は5万石の貧乏藩で幕末には実質2万石程度と言われた譜代藩(板倉家)。おまけに最後の老中筆頭を勤めていたためか徳川家に忠節を示し、殿様自身が函館まで転戦。しかし家臣団は連れて行かなかった。城は山城で海抜460メートルににあり、建物が現存する山城では一番高いところにある。先の大河ドラマ「真田丸」のオープン画面で出ていたのがこの城でした。
また、「とらさんの男はつらいよ」のシリーズでは2回ロケ地となっているのです。
写真は逆に並ぶのでわかりにくいのですが、最初の写真①は高梁川で運用された「高瀬舟(50石)です。なお中央に写っているおじいさんは93歳。
次の写真②は「旧町家各戸の花飾りに青竹を使用している」ものです。
次の写真③は武家屋敷の街並み(通りの電柱は移設し、隠しています)更に④は武家屋敷内を実現したものです。この家は200石取りの中級家臣ですが畳の部屋は二つ、あとはむしろ敷の部屋ばかりでした。貧しかったのですね。平井家もこの家中にいたのでその貧しさを思いやって帰ってきました。
写真⑤は頼久寺の入口ですが、寺を戦の防御点にしていた様子がありありです。写真⑥はこの頼久寺の庭です。小堀遠州の作庭。遠州は江戸初期ここで大名が定まるまで収める奉行をしており、この寺を住居としていて作庭に携わったらしいですね。
 

更に写真追加

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 3月 1日(水)19時34分55秒
返信・引用
   写真①宮の渡し(熱田から桑名への7里の渡し;今や埋め立てが進み多分半分位の距離になっているかも?)にて
写真②江戸時代から残る「笠寺の一里塚(東海道等主要な道では一里毎に道の両側に目印の木を植えて道標とした)」の写真
 

写真続き-3

 投稿者:nobusan  投稿日:2017年 2月28日(火)01時05分17秒
返信・引用
  写真が変なのが入ったので変更します。  

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